天才への愛憎『アマデウス』映画感想
神に愛された天才へと捧げる凡人の愛と狂気と憎しみの物語。
1984年に公開されたハリウッド映画。タイトルの「アマデウス」はかの有名な『モーツァルト』のことですが、この物語の語り部は彼ではありません。
この物語の主役は『アントニオ・サリエリ』という人で、彼の視点からモーツァルトの伝記を振り返るというもの。
豪華な衣装と舞台背景も素晴らしいですが、「サリエリ」の苦悩こそが物語の根幹であり見どころです。
3時間近くの大作ですが物語に引き込まれました。文句なしに一度は見てみるべき映画だと思います。
以下、私が好きなところの感想を書きたいと思います。
どうして神はあのような下劣な男を選んだのだ
サリエリは音楽に心惹かれながら、父の不理解で音楽の勉強ができない少年期を過ごしていました。
しかし、父の死後に音楽家として頭角を現し、宮廷作曲家として成功します。
その成功を神の思し召しとして、貞操を守り慈善事業や若い音楽家たちを無料で弟子にとるなど、神に感謝と信仰を捧げて過ごしていました。
そんな彼の前にモーツァルトという名前のひとりの天才が現れます。
女の尻を追いかけまわし、下品な言葉遣いと甲高い笑い声がいやらしい男でしたが、抜きんでた音楽の天才。
そんな中、モーツァルトは婚約者がいながらも、サリエリが思いを寄せる女性に手を出したりします。
サリエリは彼を侮蔑し憎しみをいだき、こんな男に才能を授けた神を恨みながらも、彼の音楽に心惹かれていきます。
序盤から始まるこのサリエリの苦悩に引き込まれていきました。
モーツァルトに対しての憎しみを語りながらも、彼の音楽を聴いたときのサリエリの表情が!!役者さんが本当にすばらしいです。
彼の音楽に憧れを抱きながらも、彼に対する憎しみを募らせ苦悩するサリエリ。そして彼は、だんだんと「狂気」に侵されていきます。
そして、モーツァルトが収入を得られなかったり評判を落とすように色々と暗躍をしていきます。
私は下品な男ですが、私の音楽は下品ではないことは保証します
サリエリの悲劇は彼が決してただの凡人ではなかったことに尽きるといえます。
当時の評論家が理解できなかったモーツァルトの音楽の完成度をサリエリは正しく理解してしまいます。
しかし、世間的に評価されていたのはサリエリの方です。収入的にも作曲家としての評価もモーツァルトは決してサリエリにかなっていませんでした。
皇帝には「長くて退屈、音が多すぎる」と評され打ち切られたモーツァルトのオペラ「フィガロの結婚」 に対し、サリエリのオペラは「至上最高のオペラ」として評価されます。
そのときのサリエリの表情!!(それしか言えない)
モーツァルトに「僕の音楽はどうだった?」と聞かれると「素晴らしかった、傑作だった」と答えるサリエリ。
サリエリはモーツァルトの全てのオペラを毎公演必ず見に行っているのです。
上流階級の人なら決して見に行かない大衆向けの下品なアレンジされたオペラでさえも見に行っています。
憎しみと嫉妬に身を焦がしながらも、モーツァルトの音楽を愛している。
どんなに彼を貶めるような行動をしてても、彼の音楽に対しては嘘をつけない。それゆえに苦悩するサリエリが人間らしくて好きです。
モーツァルトも自分の音楽の素晴らしさを理解していて、世間的に酷評されても「完璧なものは直せない」と話していました。
自分の中の世界で生きているのが天才というオーラを感じさせました。
もうちっとモーツァルトがサリエリを見てくれていたら・・・・それはそれでサリエリの愛憎は深まっていたでしょうね。
そして誰よりもモーツァルトの才能を正しく評価できたからこそ「ドン・ジョバンニ」を見て彼と神への復讐の算段を思いついてしまいます。
彼の父親の亡霊を演じて『レクイエム』をモーツァルトに作曲させ、完成した暁にはモーツァルトを殺すという計画を。
あなたを誤解していた。嫌われていると思っていた。
サリエリの暗躍や自身と妻の浪費による金の工面と、サリエリ演じる父親の亡霊に肉体的・精神的に追い詰められていくモーツァルト。
彼はオペラ「魔笛」の上映中に倒れてしまいます。
そんなモーツァルトをオペラの上演を見に来ていたサリエリが自宅に運び込み、「レクイエム」を楽譜におこす作業の手伝いをすることになります。
「早すぎる、もういちど言ってくれ」「楽譜をみせろ・・・うん完璧だ」
弱りながらも自分の音楽を嬉しそうに語り続けるモーツァルトと、それに夢中になるサリエリ。
嫉妬も狂気もそこにはなく、ただ彼の作り出した音楽の波に揺られ没頭しているサリエリが作中で1番幸せそうでした。
しかし、次の日の朝にモーツァルトは衰弱死してしまうのです。
その瞬間に彼の喜びの瞬間は幕を閉じました。
私は凡庸なるものたちの神である
死したモーツァルトの音楽は後世にまで残り、生きているサリエリの音楽は次第に人々から忘れ去られていきます。
神に復讐を試みて達成しながらも、まったく救われなかったサリエリの心。
誰もが持ちながらも直視できない嫉妬という負の感情を描きながらも、この作品は間違いなく愛の物語であったと思います。
決して届かない星を見つめ続けた男。
下品な甲高い笑い声が響く中、浮かぶ思いはなんなんでしょうか。